次の会話のような歴史が繰り返されないことを念じております。
花子) こんなに思ってくれる奥様がいるのに…。(小声で) どうして龍一さん、そんな危険な活動に加わってしまったのかしら?
蓮子) でも、龍一さんは、間違った事はしていないわ。あの人は、誰よりも子供たちの将来の事を考えているわ。だから今の国策に我慢できないのよ。はなちゃんも、この間ラジオで言ってたわよね。「戦地の兵隊さんが、誉の凱旋ができるよう、おうちのお手伝いをして、しっかり、お勉強致しましょう」って。まるで、「みんな頑張って強い兵隊になれ」と言っているように聞こえたわ。 花子) あのニュース原稿は…。
蓮子) はなちゃんも…誰かに読まされているんでしょう? そうやって、戦争をしたくてたまらない人たちが、国民を扇動しているのよ。
花子) 蓮様、声が…。
蓮子) 私は、戦地へやるために、純平を産んで育ててきたんじゃないわ。
客) ごちそうさん。
かよ) ありがとうございました。
(店を出ていく客たち)
かよ) はい。おいしいコーヒーを入れましたよ。
お姉やんにはサイダー。
花子) ありがとう。お客さん、帰っちゃったわね。
蓮子) ごめんなさい。かよさん…。
かよ) いいえ。どうぞごゆっくり。誰もいなくなったから、大きな声で話しても大丈夫ですよ。
花子) 蓮様。さっきのような考えを口にするのは、今は慎んだ方がいいと思うわ。蓮様まで捕まったらどうするの?
蓮子) はなちゃんは、本当は、どう思っているの?
花子) えっ…。
蓮子) ラジオのマイクの前で、日本軍がどこを攻撃したとか、占領したとか、そんなニュースばかり読んで…。ああいうニュースを、毎日毎日聞かされたら、純粋な子供たちはたちまち感化されてしまうわ。お国のために命を捧げるのが、立派だと思ってしまう。
花子) 私だって戦争のニュースばかり、伝えたくないわ。でも…こういう時だからこそ、子供たちの心を少しでも明るくしたいの。私の「ごきげんよう」の挨拶を待ってくれる子供たちがいる限り、私は、語り手を続けるわ。
蓮子) そんなのは偽善よ。優しい言葉で語りかけて、子供たちを恐ろしいところへ導いているかもしれないのよ。
花子) そんな…。私一人が抵抗したところで、世の中の流れを止める事なんかできないわ。大きな波が迫ってきているの。その波にのまれるか、乗り越えられるかは、誰も分からない。私たちの想像をはるかに超えた大きい波なんですもの。私もすごく恐ろしい…。でも…その波に逆らったら、今の暮らしも、何もかも失ってしまう。大切な家族さえ守れなくなるのよ。
蓮子) やっぱりもう、うちの家族とは関わらないほうがいいわ。こんなこと頼んだ私が間違ってた。忘れてちょうだい。お勘定。
かよ) 蓮子さん。
花子) 待って。私は、蓮様が心配なの。真っ直ぐで危なっかしくて…。
蓮子) はなちゃん…。心配ご無用よ。私を誰だと思っているの?華族の身分も、何もかも捨てて駆け落ちした、宮本蓮子よ。私は、時代の波に平伏したりしない。世の中がどこへ向かおうと、言いたい事を言う。書きたい事を書くわ。あなたの様に、卑怯な生き方はしたくないの。
花子) そう…。分かったわ。私たち…生きる道が違ってしまったわね。これまでの友情には感謝します。
蓮子) ええ。さようなら。
花子) お元気で。