いのちが私となって現れた

真宗宗大谷派初の外国出身住職誕生

この秋、市内横浜の高雲寺住職にジェシー釋萌海さんが就任した。スイスのアルプス地方で生まれ育った女性。真宗大谷派初の外国出身住職である。現在は京都のお住まいとお寺を往復する生活だが、とても積極的に活動されており、新鮮な風は住職仲間として心地よい。寺報「高雲寺寺報」も既に第7号が発行されている。新春法話として掲載された中の言葉――

私が自分の命を生きていると考えている人がほとんどでしょうが、実際には生かされています。むしろ、いのちが私となって、現れたと考えてみれば、意識が変わります。

われわれの生は、われわれの記憶も届かない深いところからきている」

母親の安楽死が仏縁となる

彼女が仏道を歩むようになった大きな出来事が、母親の安楽死だった。日本では認められていないが、スイスでは「改善の見込みがない耐えがたい苦痛」を抱え、「自発的に熟慮し、完全に確信して」死を望んでいることを条件に認められている。娘である自分に相談もなく、安楽死を選んだ母。なぜ?

やりきれない気持ちを抱えて悶々としながら京都駅前の東本願寺(真宗本廟)の前を歩いていた彼女に、突然看板の言葉が飛び込んできた。

「今、いのちがあなたを生きている」

いのちを私のものにしてはいけない

宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌のテーマとして掲げられた言葉である。

雷に打たれたような衝撃を受け、同時にアッこれだ、と問われた。私のいのちではないんだ。いのちを私のものにしてはいけない。同時に、仏教を学びたい、という気持ちが湧き出てきた。その後は、周りから聞こえてくるさまざまな雑音を乗り超えて、資格を取る。そして、ハイジがいるような山に囲まれた地域出身のため、海へのあこがれあったという彼女はたまたま現在の敦賀組長 (願寺住職)と交流を得、住職をさがしていた高雲寺の門徒さんとつながり、話がトントンと進んだと聞いている。

門徒さんと一緒の歩み

当院報恩講のご案内を兼ねて住職就任をお祝いする手紙を送ったところ、ご返事をいただいた。

「門徒さんと一緒の歩みが始まりました」 「今までの道ではすてきな出遇いがたくさんあり、私は本当に恵まれていると感じています」

〔真宗大谷派西誓寺寺報「ルート8」274号から転載]

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