生れた所や皮膚や目の色で いったいこの僕の 何がわかるというのだろう

天気の話で終わらない

パンクロックバンド=ザ・ブルーハーツ代表曲の一つ「青空」(作詞・作曲:真島昌利 1988年)から。

晴れましたねえ…。雨が続き、鬱陶しいですねえ…。会話の始まりは天気が多い。お久し振りです。膝の具合はどうですか…体調の安否も大事だろう。

でも、そんな話で終結してしまうのは残念だ。もっと突っ込んだやりとりを交わす濃さがあってもいい。念仏はそんな関係を成り立たせ、今、ここに生きている自分に向き合う時を開く〈こえ〉とも言える。

でんでんむしのかなしみ  

今月から敦賀組で開催されている「同朋の会推進講座」。先日講師は新美南吉作の『でんでんむしのかなしみ』を紹介した。

一匹のでんでん虫がありました。
 ある日、そのでんでん虫は、大変なことに気がつきました。
「わたしは今まで、うっかりしていたけれど、わたしの背中の殻の中には、悲しみがいっぱい詰まっているではないか」
 この悲しみは、どうしたらよいでしょう。

 でんでん虫は、お友達のでんでん虫の所にやって行きました。
「わたしはもう、生きていられません」と、そのでんでん虫は、お友達に言いました。
「何ですか。」と、お友達のでんでん虫は聞きました。
「わたしは、何と言う、不幸せなものでしょう。わたしの背中の殻の中には、悲しみが、いっぱい詰まっているのです」と、はじめのでんでん虫が話しました。
 すると、お友達のでんでん虫は言いました。
「あなたばかりではありません。わたしの背中にも、悲しみはいっぱいです」

 それじゃ仕方ないと思って、はじめのでんでん虫は、別のお友達の所へ行きました。
 すると、そのお友達も言いました。
「あなたばかりじゃありません。わたしの背中にも、悲しみはいっぱいです」
 そこで、はじめのでんでん虫は、また別のお友達の所へ行きました。
 

こうして、お友達を順々に訪ねて行きましたが、どのお友達も、同じことを言うのでありました。


 とうとう、はじめのでんでん虫は、気がつきました。


「悲しみは、誰でも持っているのだ。わたしばかりではないのだ。わたしは、わたしの悲しみを、こらえて行かなきゃならない」そして、このでんでん虫は、もう、嘆くのをやめたのであります。

うーん……。最後にでんでん虫は嘆くのをやめたとあるが、もっともっと嘆いていいのでは?

〔真宗大谷派西誓寺寺報「ルート8」267号から転載]

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