新語・流行語年間大賞は「働いて×5」
2025年の新語・流行語大賞の年間大賞に高市早苗首相の「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」が選ばれた。これに対して、過労死で親族を亡くした遺族らが「死者にむち打つ言葉だ」「遺族には最大の侮辱」と抗議している。
二つの側面から忖度(2017年の大賞)してみたい。一点目。立場が強い人の言葉は、当人の意識をこえて、刃のような作用が
生じる、ということ。「長時間労働を美徳とする意図はない」との首相説明だが、私は頑張るぞ!と残業している上司を前にすると、部下は先んじて帰宅しにくい。あなたも当然残業するよね、しないと評価しませんよ…会社員時代そんな空気に押しつぶされそうな経験をした。
もう一つ。世の中には、働きたいと思っていてもそうならない人がたくさんおられる,、ということ。身体的に困難な人、心のエネルギー補充が上手くいかない人、職を失っている人…。身近で接するそんな人々の顔が浮ぶ。
年頭にどんなご利益を願う?
念仏もうさんとおもいたつこころのおこるとき、すなわち摂取不捨の利益にあずけしめたまうなり。
悪をもおそるべからず、弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきがゆえに
『歎異抄』第1章
人間が善だと思うこと、当然だと思っていることの中にはどこかに毒が混じっている。毒とは自分が思う善にとらわれ、善ならざるものを悪として切り捨ててしまう暴力性。
人間は、自分でその隠れた刃に気づくことはできない。ハッと気づかせてくれるのが念仏のこころ。阿弥陀仏の本願という、いつでもどこでも誰にでも、善悪を選ばない世界から呼びかけられている。仏のこころに包まれている。アッそうだったか。目が覚めた。尊いこころが響いた感動、摂取不捨の利益を味わってきたわれらの歴史が〈南無阿弥陀仏〉になっている。
新年を迎え、初詣で手を合わせる時、何を願うだろうか。どんなご利益を求めているだろうか。息災延命(災いが起こらないように、長生きできるように)や家内安全・商売繁盛…。ごくごく普通の素朴な要求だ。では、そうなれば善、ならなければ悪と思う人間を広く深く支える本願なる世界に出あうご利益はいかが?
〔真宗大谷派西誓寺寺報「ルート8」285号から転載]

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